35歳でADHDと診断された話|もっと早く気づきたかった


子どもの頃は「個性」だと思っていた

子どもの頃から、人にはこんな言葉をよくかけられてきました。

  • おっちょこちょい
  • 天然
  • 不器用
  • せっかち

けれど当時の私は、それを深刻に受け止めてはいませんでした。

むしろ、いじられたり笑ってもらえたりすることを“おいしい”と感じていた くらいです。

「自分はそういうキャラクターなんだ」
そう思って生きてきました。


社会人になってから状況が変わった

しかし、社会人になってから、その“個性”は笑って済まされなくなりました。

仕事では、こんなことが増えていきました。

  • 同じミスを何度も繰り返す
  • 報告・連絡・相談を後回しにしてしまう
  • やるべきタスクを放置してしまう
  • 先延ばし癖がひどい
  • 締切直前になって慌てる

学生時代まではキャラクターで済んでいたものが、
社会に出ると“信用問題”になった のです。


一番つらかった、転職したばかりの頃

特にしんどかったのは、転職したばかりの職場です。

そこでは朝礼で、社訓を何も見ずに全員で声に出して唱和する という、今の時代ではかなり珍しい文化がありました。

人によってはすぐ覚えられる内容だったのかもしれません。

でも当時の私は、それがどうしても覚えられませんでした。

毎朝その時間が近づくたびに緊張し、
「今日こそ間違えたらどうしよう」
「また周りにできないと思われる」

そんな不安ばかりが頭にありました。


必死で、録音までして覚えようとした

覚えられない自分が情けなくて、なんとかしようと必死でした。

そこで私は、自分の声で社訓を読み上げた音声を iPad に録音し、毎朝それを聞いて暗記しようとしていました。

通勤中も、朝も、繰り返し聞いて覚える。

今思えばそこまでしなくてもいい話かもしれません。

でも当時の私は、できない自分を隠すことに必死だった のです。


そして起きた、忘れられない出来事

ある日、その iPad から、なぜか職場で突然その録音音声が大音量で流れてしまいました。

静かな社内に、自分の声で読み上げる社訓が響き渡る。

周囲がざわつき、視線が集まり、空気が変わるのがわかりました。

私はただただ恥ずかしくて、情けなくて、消えてしまいたい気持ちでした。


あれは「能力不足」ではなく、苦手への過剰適応だった

当時は、あの出来事を思い出しては

「自分はなんてダメなんだ」

と思っていました。

でも今振り返ると、違います。

あれは能力不足ではなく、苦手なことを何とか人並みにこなそうとして、過剰に努力していた姿 だったのだと思います。

できないからサボっていたわけではない。
むしろ、できないなりに必死だった。


今なら昔の自分にこう言いたい

あの頃の自分に声をかけられるなら、こう言いたいです。

情けなくなんかない。
必死に頑張っていただけだ。
やり方が合っていなかっただけだ。

そう思えるようになるまで、ずいぶん時間がかかりました。

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